約1年ぶりの更新
こんにちは。お久しぶりです、村です。
さて、なぜこっちを更新しているかというと、コンクールのデータとかをこっちに載せるかもしれないってこと。あるいは別なサイトを作って載せるかもしれないってこと。
そしてもう一つは今のブログのユーザー名を忘れてログインできないこと笑。
まぁこっちのブログ見てる人なんていないだろうなぁ。誰か見てたらコメントください笑。
こんにちは。お久しぶりです、村です。
さて、なぜこっちを更新しているかというと、コンクールのデータとかをこっちに載せるかもしれないってこと。あるいは別なサイトを作って載せるかもしれないってこと。
そしてもう一つは今のブログのユーザー名を忘れてログインできないこと笑。
まぁこっちのブログ見てる人なんていないだろうなぁ。誰か見てたらコメントください笑。
新しいブログ作りましたのでよろしくお願いします!!一応メール回しましたが。
http://treasure-saka-u-ns.cocolog-nifty.com/blog/です。このアドレスの意味が解ったらすごい笑。
えぇと、どうして俺がブログを移転orやめる、と言い出したかは、「検索で引っかかりすぎる」からなんですよ。ちょっと危ない事実が判明しまして、「札南 102 ○○(同級生の愛称)」とかで検索してきたりしている人がいるみたいなんですよ。
けど移転したら絶対来る人少なくなるしどうしようかなぁと色々考えているんですがとりあえずこのブログのちょっといじった後、移転すると思います。
今日のこの記事を持ちまして、このLe Rhoneは終了とさせていただきます。また、これまでの記事につきましては、一定の期間残しておきますが、その後は未定です。また、新しくブログをやるかどうかも未定です。
まず今日はコンクールでした。銀賞。俺は自分を恨み、結果発表の前から悠介の後ろで号泣。迷惑かけましたね。心配してくれて嬉しかったです。けど「大丈夫か??」って悠介に言われるたびに余計泣きたくなりました。で銀賞と発表になった後また号泣。俺が自分の団体の成績で泣く日がついに来たんですよ。思えば本当に悠介のおかげでここまでやってこれました。4月に出会い、ずっと一緒にいて、悠介のおかげで高文連で奇蹟を起こし、最近は一緒に色々、本当に深刻なことから雑談まで幅広く色々話し、お互い心の中で分かり合う部分もあり、真の「絆」とか「信頼関係」が生まれています。悠介には昨日から心配かけまくりでしたね。昨日円山で、合奏の最後の方に歯が痛くなって全然できなくなったんです。それで悠介に泣きながら相談してたんですよ。俺は悠介なしではこのコンクールを終えることが出来ませんでした。けど悠介に良い誕生日プレゼントをあげることができませんでした・・・。思えば悠介は今まで出会ってきた人の中で一番ウマが合うし、最速で俺を理解した人だし、今までの人の中で一番俺を分かってくれてるし、ダメなことはダメと真正面からぶつかってきてくれるし、何より俺がこの人生で一番ほれ込んだ人。今年は自分に完敗です。先輩たちにも申し訳ないことをしてしまったなぁと本気で悔やみ、恨んでいます。今年の銀賞は俺のせいです。
昨日先生が言っていた本物の話は元担任が言うことと同じでした。
この1年、昨年のコンクールから368日、俺は必死に頑張ってきました。今日からはまた新しい一歩を踏み出したわけです。来年のコンクールに向けて。素晴らしい同輩に出会えたことがこの1年での最大の収穫でしょう。悠介には感謝しても仕切れない。おれは悠介が大好きです。かけがえのない、いなくてはならない人です。
最後に、このブログを初めてはや1年ちょっと。いろいろなことを書き綴ってきました。ブログがきっかけで出会った人や、ブログの影響での出来事もありましたし、本当に俺にとってブログは大切なものでした。このブログがなければ俺は南には行っていないでしょうし。高校受験の報告もブログで堂々としました。札南での新しい俺も見せてきました。とにかく素晴らしい日々をブログとともに過ごせたことにも感謝したいです。そしてこれまでこのブログを訪問してくれた30000人の方々。今後の方向性はまったく定まっておりませんので、しばらくはまだこのブログに足をお運びいただきますようよろしくお願いします。
明日はいよいよコンクール。俺が札南生としてKitaraの舞台に上がります。
この4ヶ月、色々なことがありました。入部は全部員の中で一番最初に決め、悠介と出会い、楽器を買い、高文連で最高のデビューを飾り、学校祭ではほろ苦い思い出を作り、最近では悠介と良い方向へ持ってこうと頑張り・・・。明日は本番ですね。
明日は俺はローザ・パークスを魅せるのではありません。俺のこの4ヶ月の成長を2000人に魅せます。今年のソロは自信があります。
誰かのために頑張れる人は美しい。俺は演奏を聴いてくれる知人、そして悠介、最後に何より自分のために明日は頑張ります。最高の仲間に出会えたことに感謝して。
今日は最後俺に何があったか知っているのは悠介だけですね。コンクールが終わったら公表しましょうか。
ちなみに明日で1年・・・。そして悠介の誕生日。
コンクール終了次第ブログ移転します。理由はいろいろとありまして、まぁ聞きたい人はメールでもしてきてください。
っていうか素朴に思ったこと。ある人があるブログに「よく頑張りました」とかなまら上から目線つか保護者目線で書き込んでますね笑。思わず吹き出してしまいそうになりました
今日はコンクールに行ってきました。OB・OGからの花束を持って。
個人的に気に入ったつか、今までで一番どきどきした演奏は千歳富丘中学校でした。本当感動しましたね。いや、さすがあちゃみん。
そして江別第一中学校吹奏楽部の皆さん、おめでとう!!3年ぶりの全道大会ですね。一中史上3回目の金賞ですね。二○○さんのおかげ、っていう部分がすごい大きいでしょう。そして3年生がしっかりしているおかげでしょう。あのゴールド金賞、の響きを久々に自分の関係団体で聞きました。そして自分も取ろうと決意しました。
札幌市立平岡緑中学校 3年ぶり4回目の全道大会(過去の3回はいずれもA編成) 最終出場2005年度では金賞
江別市立江別第一中学校 3年ぶり3回目の全道大会(初出場1962年はA編成) 最終出場2005年度では金賞
札幌市立北野中学校 13年ぶり2回目の全道大会 最終出場1995年度では銀賞
札幌市立向陵中学校 3年連続15回目の全道大会(うち6回はA編成 2回全国大会出場) 最終出場2007年度では銀賞
石狩市立樽川中学校 初出場
札幌市立稲陵中学校 7年ぶり5回目の全道大会(うち3回はC編成) 最終出場2001年度はC編成で銀賞
江別市立江陽中学校 4年ぶり5回目の全道大会 最終出場2004年度は銀賞
いやいや、一中は全道でも頑張ってね。今日若干変な頭おかしいおっさんに会ってしまいましたが別に良いとしましょう。あの部外者なんなんでしょうか。まぁいいでしょう。本当にお疲れ様でした。これからも練習に励んでください!!
よく「高校ではホントの友達ができる」と言いますし中学時代のブログを見る限り俺もそれを信じて頑張り、中学時代のものは全て捨てでも新しく自分を待ってる世界に飛び込むつもりでした ホント色んなものを捨ててきました
あれから4ヶ月 理想のものばかりがありました エジ、拓サン、悠介をはじめとして周りの友人は皆いて楽しいです 皆個性が強いから中学みたいに周りに合わせるというバカなことをしなくて良い ここにきて良かった 何気ない日々は過去と比較したら可哀想なくらい素晴らしい 昨日叶衣さんが「中学だったら全然話についてけなくて合わせて面倒臭かったけどここは皆話が合う」と言っていました 激しく同意 南は話が合いますからね
レベルの高い人といると話も合うし刺激も受ける イジメもないし好き嫌い自体ほとんどない 悪口がほとんどないですからね
みんな個性的 昨年誘われてホント良かったです
コンクールで麻高の人たちに会うのが楽しみです
こんちは
とりあえず昨日は花火でした ネコは相変わらずであの性格俺好きですねー
で森山タン、saori、たじ、パル、浜ヤンとかには卒業して初めて会いました
花火よりもその後の談笑がかなり楽しかったです 俺とヶーと浜ヤンで色々話してました笑 いやぁ浜ヤンウケる笑 昨日はかなりウケました笑 キャラ崩壊してました彼笑 あとたつが野高に染まったと浜ヤンが言ってましたね笑
でsaoriとは部活関係の話をしてました お互い色々ですね
で昨日エジにメールでかなり色々相談しまくってました つかずっと一緒にいて親密にしてる人ほど大事な人なんですねーエジと話してて思いました そしてエジに宣言つか誓いましたよ
でまぁ最近の部活はというとあと9日なんですね 多分いまは本気でぶつかり合うべき時期でしょう 短期間でも本番で使えるようにすることは可能です 俺は昨日と一昨日それをやったつもりです
今日ふとかつての合同演奏を思い出しました スプリングコンサートかクリスマスコンサートかホワイトキャンバスのどれと特定するわけではないですがあの事前練習を思い出しました そしてスプリングコンサートほど胸が踊った演奏会はなかったです
今年はどうなるのでしょうか 俺はコンクールは、自分がベストを尽くし最高だったと自分で思える演奏をすれば自然と賞はついてくると昔から考えていますので後悔したくないです 自己満足にもなりたくない 去年は自分に関しては満足でしたが団体の演奏は練習の良さを出しきれず銀賞でした 今年は本番の緊張に勝ち、賞もついてこさせたい 「うちらこのままなら金賞はとれるしょ」とかコンクール前に毎年俺は油断してました 今年はそう思いませんし思えません 常連校が名を連ねていますし それと演奏中にステージで「金賞行けるかな?」と思った年は必ず負けます 最後まで気を抜いてはなりません 拍手をもらい退場するまでは
まず8月1日2日に札幌コンサートホールKitaraへ行ってきます そして6日に本番に挑みます 花束を持って行きます
では今日は失礼します 更新率低下します多分
こんにちは。最近俺はクラスの方々にあることを非常に聞かれます。昨日の大掃除のときのあれです。好きだ笑。トミーと王子にはなんとなく伝えてますがやはりダメなんです、まだ君たちには伝えれない笑。その代わり良き友拓サンにはすべてを話しましたからね笑。多分今日あたり全てをエジに話すかと。田村は知りたがってましたがね。いや、田村にもまだいえない笑。この事実全てを知っているのは拓サン、拓くん、ふじの3人だけだと思う。ハァー、どうしよう。昨日の叶衣さんとの会話を使うなら「ときめきメモリアル」だよなぁまさに笑。楽しいけど辛いよなぁ。エジに話そう。そしてヶーにも話そう。好きだ。待てない笑。
明日は元中たちとの花火です。楽しみだ。20人弱来るのではないかと言う予想。基本的に3組と5組の人たちです。
拓サンどうしましょう。一万年と二千年前から愛してる~八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった、一億と二千年たっても愛してる、君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えない。今日王子がこの歌詞に文句をつけていましたが笑。絶対に俺は諦めませんから。
けど憧れでもある。誰か聞いてくださいよ笑。まぁいいです。グダグダですが終わります笑。
今朝は本当に悠介に感謝。本当に俺は悠介が好きです。絶対に離れたくない。彼の江別上陸が楽しみで楽しみで仕方ない笑。
でトミーに「おすすめの英語の本」を聞いてきました。夏休み中に英語の文庫本でも読んでみようかなぁと。それとエジと拓サンとは性格の直し方を話し、午後からは俺の恋バナ大会みたいになってましたね、とくに大掃除笑。田村がかなり興味津々でしたが笑。けど真相は拓サンしか知らないんですよ笑。拓サンと俺は良いコンビですから。まぁなかなかいい友達ですよ、親友です。
あと2年待てるかなぁ。
今日は中学は終業式だったみたいで朝、一年前の放課後を思い出しました あの日が多分俺にとっては中学時代の分岐点 あの日の帰り道は忘れられませんね
明日で学校終わりですね 寂しいっす 毎日102にいたいですね
今日は札南吹奏楽部の無限の可能性を感じました。というかあるパートの明るい未来を確信しました。スゴイですね。技術が、とは言いません。良い精神を持っています。しかしそこで、その人と同じパートの人の愚かさも感じました。自分のダメなところを笑って口にし、改善するつもりがないようにしか見えなかったわけです。あんなに素晴らしい人たちに囲まれているわけですからどうして刺激を受けないのでしょうかねぇ。
さて、これまでのコンクールの思い出を振り返ってみましょうか・・・。
中1のとき、俺は先輩たちが本当にうまいと思っていました。音楽室から聞こえてくる音が本当に大好きでした。ジェイムズ・バーンズ作曲「祈りとトッカータ~INVOCATION AND TOCCATA」。あの年はB編成で、3年生が30人ほど。コンクールというものをよく理解はしていませんでしたが、金賞取れると信じていました。思えばあの時、F先輩にはHrの1・2年生で迷惑をかけましたね。そして、中文連のとき、1年生は風紋のみの演奏でトッカータはステージ上で静止しているだけでしたが、あの時本当に感動したのを覚えています。そして終業式の壮行演奏ではなんとなくいつもと違っていたのを覚えています。そしてコンクール。俺の第一印象は、他の学校よりも音量が小さいということ。あの時先輩たちと拍手しまくったのを覚えています。結果発表のとき、金賞は「ゴールド金賞」と発表されるとはじめて知りました。そして江別第一中学校は「ゴールド金賞」だったわけです。俺はその時確信しました。「全道にいける」と。その通りで全道大会に行けたわけです。あの時先輩たちが泣いていたのをいまでもはっきりと覚えています。46年ぶりだかそこら辺の金賞&全道大会ですからね。そこから先輩たちは大変だったわけで、早退をさせてくれなかった顧問のせいで泣き、ミーティングをやっていた当時の部長の姿が頭から離れません。全道大会。ゴールド金賞。そして東日本は・・・。21番・・・。次の東川中だった・・・。全道3位・・・。あと少しで千葉にいけた・・・。
中2のとき、最初のコンクール候補は2つの交響的断章。そして次がアルメニアンダンス・パート1。そして同パート2。課題曲はⅠかⅡかⅣ。要するに9通りの選択肢。結局アルメニアンのパート2、そして課題曲Ⅱ。本当に色々あった夏だった・・・。学級レクに行かされなくなりそうになり、朝早くに学級レクから連れ戻され、前顧問のいろいろを知り、拒食症のようになり、気管支炎になり、前顧問はキレまくり学校から帰ったり・・・。俺はあの頃退部ばかり考えていた。結果は地区銀賞。ステージ上では「行ける!!」と思っていた。しかし本当に最悪な結果だった。結果発表の前胃が痛かったのは今でも覚えている。周りはみんな泣いていた。けれども自分は泣けなかった。そこまで思い入れがなかったから。この年は最悪だった。そして先輩たちが引退するときに「来年は必ず金賞を」とか言われて「何でそんなに賞ばかりにこだわる??」と本気で思った。
中3のコンクール。この年は本当に良い年だった。4月に顧問が替わってから、新顧問の曲のセンスや人間性が好きになっていた。初めてコンクール曲が配られたときの第一印象は「こんなに簡単そうな曲??」。デイヴィット・ギリングハム作曲LIGHT OF MY SOUL。今でも、というか一生忘れない大事な曲。この年は本当に後輩が頑張ってくれた。あれは彼女のおかげだと思う。俺の一存でホルンのソリは俺のソロへと化した。あの日から俺は変わった。本当に自分に厳しくなった。基礎練は1日1時間、休日はソロの個人練3時間。たった35秒間のソロのために何十時間も費やした。あの時部活は楽しかった。顧問に怒鳴られたり一日中音楽室にこもって合奏をやることがコンクールではないと知った。コンクールに関しては昨年8月5日の記事があるので省略。結果は銀賞だったが俺は泣かなかった。自分のソロに満足したから。みんな笑顔で満足そうだった。この中文連、コンクールでは本当に俺自身が色々な凄い人たちにほめられて嬉しかった。あの言葉のおかげで頑張れた。
今年は俺はまた伝説を作る。今度はしっかりと賞がついてくる伝説を・・・。俺は皆で普門館に行きたいから皆を普門館に連れて行く。3年生の先輩、そしてゆーすけくんを初めとして皆への感謝の気持ちを俺はコンクールで送りますよ。
そして俺はゆーすけくんと2010年3月の某全国大会に行きます。俺は彼となら頑張れる。一緒に1位をとってこよう!!
まず俺は2010年の3月にゆーすけくんと一緒に浜松へ行きます 俺の中学からの目標を達成しに…目指すは1位
でヨーロッパに行きましょう!笑 俺かなり楽しみにしてますよ笑 行きたいです オーディションでもなんでも乗り越えますから行きましょう
俺はゆーすけくんが大好きです。ならびにエジ、拓サン、就くんとかその他もろもろ大好きです笑。
えぇと、俺もそろそろ新しいステップを踏まなければなりません。まぁどうやっていけばなるのかは俺自身よく分かりませんがどうなりたいかは自分が一番わかっています、口ではうまく説明できませんが。
俺はもう昔とは違います。
そういや今日は102の打ち上げに行ってきました。来ていない人はごくごく少数だったので行って正解でした。いやぁ、美味しかったです笑。そして改めて102にほれ込みました。まぁゆーすけくんにはもっとほれ込んでますが笑。
あと来年俺は部活をやって来て初めての挑戦をするかもしれません。あまり得意っつか好きではないことなんですがそれに挑戦してみることになると思います。
では今日はこの辺で。
これで1年、毎日更新していた、みたいな感じになりますね。
366件目ということでこの1年の大事な出会いを振り返ってみます。
まず昨年8月15日、俺はこの日素晴らしい出会いをしました。思えばここで出会ったある同級生が俺を間接的に札南へと導いてくれました。
そして8月下旬、ここでたけしさんと出会いました。俺をサポートしてくれ、南に合格させてくれた人。俺に言った台詞「君のように研究熱心な人は何をやっても伸びる」っていうのと「君とそっくりな人が南にいる」っていう2つの言葉が心に深く残っています。この2つの言葉は今でも大切にしています。
8月には謙哉とも本格的に交友が始まりましたね。俺がとても感謝している人。この人のおかげで塾を続けられました。
そんでまぁ飛んで春。高校に入ってからは本当に良い出会いがたくさんありました。淳ジュン、エジ、拓サン、金さん、某元席前の人、龍さんなどを初めとし、本当の意味での友人ができました。
そしてこの方に俺はこの場を借りてお礼を言わせてもらいます。
もちろんゆーすけくんです。
4月10日、吹奏楽の公式の見学が始まった日、俺は初めてゆーすけくんを見ました。Trbを持った背の低い今までに吹奏楽界では会ったことのない人、というのが正直な第一印象でした。といってもそこまで背は低くないですが笑。すっごい意識してました。技術も見てるだけで分かりましたし、時おり聴こえてくる音に俺は焦りとか、興奮とか、期待とかいろいろなものを感じました。だから俺も彼にアピールしたかったし、3年間負けないように・・・と誓ったんです。確か入部のミーティングのとき彼は前に座っていました。チラッと話した記憶はありますが何を話したかは覚えていません。それで4月の19日くらいにエジにゆーすけくんのアドを教えてもらって、初めてメールしたわけです。その翌日、初めてゆっくりと彼と話しましたね。あの音楽室に入って彼が微笑み、会話したときのことは今でも覚えています。そして4月の30日前後に、彼がHrを吹きたいといったので吹かせたことも印象深く心に残っています。それから交友関係は本当に急速に深まっていきました。GWのお土産もあげたし、一緒にシンフォニック行く約束もしてたし、大事なことを色々話したしそれ以外でも色んな話をしたし、お互い同じような時期に楽器も買ったし、高文連ではゆーすけくんの良い刺激のおかげで奇蹟が起きたし、一緒に散歩したりもしたし長々と立ち話したりもしたしそして学祭でも色々話したりとかしたし、今週末は2人で出かけるし。本当に感謝しています。こんなに話が合う友達は初めてです。親友でもあるし仲間でもあるしライバルでもある。俺はゆーすけくんの全てに惚れ込んでます。俺は彼が大好きです。高校に入ってからは本当に色々ゆーすけくんとありました。俺はこの人に会えて本当に良かったです。札南であえて本当に良かったです。一生続くかかわりであると確信しています。まだまだこれから何か色々あるでしょう。それが俺は楽しみです。
この1年、数々の別れも経験してきました。絶縁とか、死去とか色んな種類を含めて。
その中でも特に大きかったのはI先生が亡くなった事。今でも俺の頭にはI先生がいます。街を歩いているとき、授業中、夢、卒アルを見ているときなど色んなときにI先生が頭の中に登場します。俺は先生の分まで頑張ります。先生には俺が困ったとき、近くで見ていてほしいし、中学と比べて成長を続けている俺を感じていてほしい。あの通夜の涙は俺の決意でもあったんです。俺は先生のような人になりたい。先生はご家族にこう言われましたね。「常に自分よりも他人を考える人だった」と。それを聞いた娘さんは泣いてしまいましたがね。俺もそうなりたい。先生のように必要とされる人になりたい。先生は最後「疲れた」と言っていたそうですね。俺は、先生の死を無駄にしませんし、先ほど言ったとおり先生の分まで頑張ります。いつか一人前になれるときまで。俺の中で理想の大人はI先生です。またいつか色々話を聞きたいですし、その後の俺のことも聞いてもらいたいです。先生、ありがとう・・・。
こんにちは。
吹奏楽。本当に色々なものがまとわりついてくる世界だと思います。多くの学校ではドロドロした人間関係があると俺は思っています。
俺は吹奏楽をやってきたせいで本当に大切なものを失いました。あの頃はというか今でも思うのは「吹奏楽をやっていなかったらこんなことにはなっていなかったのでは」ということ。そしてあの時部活と塾を両立させなかった自分を恨んでやまなかったこの1年。
俺は知らないうちにこの1年で道を踏み外しました。過去に「お前は夏休み以降性格歪んだ」と言われました。本当にその通りでした。そしてそれはダラダラと今に影響を及ぼしています。俺はこの1年、ずっと1つのことだけを考えてきました。けどもう遅い。
高校では心機一転、と俺はずっと思っていました。それを夢見て必死に受験勉強をしてきたんです。
俺は同じことをくりかえす助走に入っている気がします。俺の本心を一番知っているのはおそらく進さん。それとゆーすけ君にもいろいろ話してますね。やっぱ背景には色々な事情があるから、話せる人は限られてくるんですよ。一中だとふじ、ヶー、名字さん。そして札南だとゆーすけ君、進さん、拓くんとかでしょうかね。拓サンにはこの間なんか言われましたがあなたにはまだ話せないんです笑。いや、拓サンも一部事情は知っていますが。エジとか金さんには近々打ち明ける気がします。
俺がコンクールのために捧げた昨夏はあまりに大きすぎる代償で俺を苦しめています。俺は確かに8月以降はそれまでの自分ではなくなりました。あまりに辛すぎたから。俺は本当にあれ以来黒くなったと思います。
俺はどうするべきなんでしょうか。先日ゆーすけにこんなことを言われました。「何がお前をそんなに追い詰める?」。俺はこの一言がすごく、すごく痛かった。自分でも分からないから。けど自分でずっと考えてきたことだったから。俺はゆーすけ君のおかげでこの3ヶ月救われてきました。本当にいろいろな話をしてきたし俺自身が自分を無防備にして素をさらけ出したし、この3ヶ月間はずっと一緒にしたし俺の変化にいち早く気づいてくれたし、なによりも俺がこんなに惚れこんだ初めての人だったから。俺はゆーすけのおかげで救われています。
親友だから、好きだから一緒にいてはならないと俺は思いました。お互いダメにしてしまうのでは、と思いました。俺は多分全てにおいて正反対の生き方をしている。だから・・・。
昔その夏の話の人と俺の関係をカッツンに「お前ら分かり合えたら最高の仲になれるのに」と言われました。違うんだよそれは。最高の仲になっていた。7月までは。けど、それは打ち砕かれた。あれは俺の夢だったのかな。俺はいまはゆーすけという素晴らしい人に出会えた。拓くん、進さんという俺の話を聞いてくれてわかってくれる仲間に出会えた。拓サン、エジをはじめ、102では本当の意味での友達に出会えた。そして他にもふじ、ヶー、カッツンなど江別時代の友達は今でも俺の話を聞いてくれる。
それでも答えは出ない。やっぱり迷いがあるうちははっきりとYES,NOを出してはいけないんだと思う。それは俺が中学時代にやってきて失敗した反省から言える。俺も大人になって、道をもとに戻さなくてはならないんです。
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